1913(大正2)年、創立30周年記念祝典において、総長大隈重信(當時)は早稲田大學教旨を宣言しました。
早稲田大學の教育の基本理念を示す基本文書としての早稲田大學教旨は、高田早苗、坪內逍遙、天野為之、市島謙吉、浮田和民、松平康國などが草案を作成し、大隈重信が校閲の上祝典で発表したものです。1937(昭和12)年に教旨の碑文が早稲田大學正門前に設置され、今日に至っています。

早稲田大學は學問の獨立を全うし 學問の活用を効し
模範國民を造就するを以て建學の本旨と為す

早稲田大學は學問の獨立を本旨と為すを以て
之が自由討究を主とし
常に獨創の研鑽に力め以て
世界の學問に裨補せん事を期す

早稲田大學は學問の活用を本旨と為すを以て
學理を學理として研究すると共に
之を実際に応用するの道を講し以て
時世の進運に資せん事を期す

早稲田大學は模範國民の造就を本旨と為すを以て
個性を尊重し 身家を発達し 國家社會を利済し
併せて広く世界に活動す可き人格を養成せん事を期す

學問の獨立

「學問の獨立」は、「在野精神」「反骨の精神」と結び合います。早稲田大學は、自主獨立の精神を持つ近代的國民の養成を理想として、権力や時勢に左右されない、科學的な教育?研究を行ってきました。

學問の活用

もちろん、近代國家をめざす日本にとって、學問は現実に活かしうるものであること、日本の近代化に貢獻するものであることが求められました。 つまり「學問の活用」です。安易な実用主義ではなく「進取の精神」として、早稲田大學の大きな柱の一つになりました。

模範國民の造就

庶民の教育を主眼として創設された早稲田大學。その3つめの建學の理念が 「模範國民の造就」です。グローバリゼーションが進展する現代、豊かな人間性を持った「地球市民の育成」と言い換えることができるでしょう。 建學の理念とそこから生まれ受け継がれてきた早稲田スピリットは、私たちの財産。早稲田人がひとしく身につける校風です。

早稲田大學についてAbout Waseda

Page Top
WASEDA University

早稲田大學オフィシャルサイト(http://www.openwenan.com/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる
8号彩票app 慈溪 | 神农架 | 德清 | 阳泉 | 凉山 | 大同 | 惠东 | 湖南长沙 | 台山 | 三河 | 晋城 | 通辽 | 天水 | 景德镇 | 南京 | 扬州 | 平顶山 | 定西 | 泉州 | 雅安 | 香港香港 | 双鸭山 | 淮安 | 宜都 | 淄博 | 台山 | 泉州 | 汕头 | 宁国 | 白沙 | 晋江 | 酒泉 | 常德 | 邯郸 | 佳木斯 | 郴州 | 永新 | 余姚 | 丹东 | 青海西宁 | 葫芦岛 | 大理 | 克拉玛依 | 赤峰 | 盘锦 | 包头 | 韶关 | 甘肃兰州 | 泰州 | 玉环 | 玉林 | 佛山 | 绥化 | 天长 | 雅安 | 阿拉尔 | 正定 | 酒泉 | 仁怀 | 迁安市 | 清徐 | 阳江 | 任丘 | 顺德 | 松原 | 邹平 | 遵义 | 四川成都 | 招远 | 通辽 | 迪庆 | 乌兰察布 | 四川成都 | 正定 | 包头 | 盐城 | 阳春 | 揭阳 | 库尔勒 | 鞍山 | 慈溪 | 榆林 | 乳山 | 四平 | 阳春 | 淮安 | 盘锦 | 鄂州 | 扬州 | 通辽 | 德州 | 台州 | 邢台 | 六安 | 三河 | 四川成都 | 五指山 | 保山 | 丽水 | 永新 | 南京 | 珠海 | 定安 | 永州 | 马鞍山 | 资阳 | 嘉兴 | 诸城 | 镇江 | 益阳 | 河源 | 曲靖 | 平凉 |